今の日本の風習にみられる正月の年賀や歌会始、5月の菖蒲の節句、七夕、お盆といった行事は、奈良時代の朝廷をはじめとして民間でも行われるようになっています。
また、律令制が確立された奈良時代には、貴族や庶民のなかにも身分制度があり、それぞれの生活の中で娯楽や遊びが流行し始めています。
奈良時代は、貨幣経済の始まりといえる商取引が都を中心に始まり、稲作だけではない蓄財も可能となった有力者を中心に遊びを楽しむ余裕が生まれています。
そんな奈良時代に、どんな遊びがあったのか、流行したのはどんな遊びだったのかなど、ご紹介します。
奈良時代にあった遊びとは?
奈良時代にあった遊びとは、今のようなテレビゲームやスポーツとは少し違い、季節の風物詩ともいえる行事的な催しが連想されます。
生活に追われる庶民とは違い、生活に余裕を持ち始めた貴族や富裕層を中心に、今のポロに似た打毬と呼ばれる屋外の遊びや、ボードゲームの原形を思わせる囲碁や双六が室内の遊びとして流行しています。
打毬は、屋外で馬に乗った競技者が二組に分かれて、馬上から杖を使って鞠をゴールに入れる遊びで、現代のポロと似たような遊びです。
室内の遊びで流行した双六や囲碁は、今でも遊ばれているボードゲームの原形ともいえ、正倉院には当時使われていた盤や碁盤が残されています。
奈良時代に流行った遊びが招いた禁止令とは?
前述のように奈良時代には、屋外と室内のそれぞれで興じられる遊びが生み出され、貴族や富裕層を中心に広がりをみせています。
そんな遊びの流行は、人々が熱中するあまり本来の職務や生活に影響を及ぼす事態を生じています。
屋外で興じられた打毬は、皇族や貴族を中心に流行したため、熱中するあまり平城京の警備を怠る者も増えて、外出禁止の罰則が与えられる事態となっています。
一方、室内で興じられた双六は、今でもカジノなどにも発展形がみられるボードゲームのように、博打へとエスカレートしてしまいます。
そんな遊びではなく博打となった双六は、禁止令が発せられるほどで、その流行ぶりが想像できます。
そんな双六をはじめとしたボードゲームは、「万葉集」に「カリウチ」と呼ばれる遊びで記述され、その原形は韓国の「ユンノリ」と共に確認できます。
奈良時代に流行した遊びの功罪
律令制が確立された国家統治によって、奈良時代には貴族や庶民といった身分の違いを生み、生活に余裕を持った貴族らを中心に遊びが流行しています。
今にも通じる屋外でのスポーツでは、外出禁止の罰則が課されるほど皇族や貴族の間で流行しています。
また、室内でのボードゲームは、人々が熱中するあまり博打へとエスカレートし、禁止令が出されるほど大流行しています。
多種多様な遊びに興じ、時々問題となるシーンがニュースで報じられる現代と、禁止令が出されるほど熱中した奈良時代の遊びには、人々が遊びに熱中する共通点が感じられます。
