奈良時代の人々が食べていた料理はどんなものだった?

現代の日本の食文化は、古来から続いた米と主菜、そして汁物で構成される和食に加えて、これまでの歴史で交流のあった外国から取り入れられた食文化の影響で、多種多様なものとなっています。

古代国家から律令国家となった奈良時代には、天皇を中心として貴族や良民、賎民に分けられた一般庶民の身分制度も確立され、食べられていた食事にも格差がみられるようになっています。

貴族や役人と庶民の食卓に並んだ料理にも違いがあったと考えられる奈良時代の食事について紹介します。

奈良時代の貴族や役人の食した料理には?

奈良時代の食事の回数は、身分の違いに関係なく、一日に2食が食べられたと考えられますが、その料理の内容には格差がありました。

また、都が置かれた平城京は、海から遠い場所ということもあり、魚料理に関しては、現在のように刺身が食べられることは少なく、干物やなれ鮨が一般的でした。

役所には、「大膳職」と呼ばれる給仕担当の部署があり、役人は大膳職が用意した料理を食べています。

残された史料からは、貴族の普段の料理は漆の器に盛られ、ご飯、鮎の醤煮、鴨肉の汁物、鹿のなます、漬物、栗や里芋の盛り合わせ、タケノコ、菜の花やふきなどの野菜類などが、普段の食事に提供され、特別な日には、金属製の器にウニやサザエ、カニ、鮎などの魚介類など、豪華な食事が摂られています。

下級役人は、玄米ご飯、魚の煮付け、カブの酢の物、漬物、野菜の味噌汁、酒粕をお湯に溶いたものなどが、土器に盛られて提供されています。

奈良時代の庶民の食事には?

奈良時代の貴族や役人が食べていた料理は、「大膳職」と呼ばれる役所の給仕担当が準備したものが食べられ、庶民に比べれば贅沢なものでした。

一般の庶民は、一日二食の食事に玄米、あわ、塩、青菜の汁物などを土器に盛って食していて、貴族の料理の内容に比べれば、粗末なものです。

しかも、連日の重労働である農作業をこなさなければならない身分の違いも顕著となっています。

また、奈良時代の皇族や貴族の一部で、牛乳が飲まれ、現在のチーズのような「蘇」と呼ばれるものも食べられていて、庶民との格差は急に広がっています。

奈良時代の料理にも、身分制度の格差が現れていた?

古代国家から律令国家となった奈良時代は、貴族や役人と庶民の生活格差も生まれ、それぞれの身分や階級で食べられていた料理にも格差が生まれています。

しかも、食事に使う食器にも、貴族は漆器や金属製の食器、役人や庶民は土器という違いもみられます。

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