奈良時代の下級役人にあった超高金利のローン?

2018年の5月2日の朝日新聞デジタルで、奈良時代の中央官庁に、月15%の超高金利ローンがあったとする記事が報じられています。

奈良の正倉院に保管されてきた文書から、上司からの融資要求を断り切れず、多くの部下である下級役人たちが金を借りては返しを繰り返していたということが明らかになったというものです。

「和同開珎」の鋳造により貨幣流通がはじまった奈良時代には、金銭や財物を貸し付けて、利子を付けて返還させるローンの仕組みが存在していて、それ以前にも、貨幣を使わない貸し付けと返済のやり取りが確認されています。

貨幣流通が始まる前からあったローンの原形

現代社会で生活する社会人の多くが、自動車購入や住宅の購入といったときにお金を借りて、月々返済するさまざまなローンが利用されていますが、利子付貸付は、貨幣が流通していなかった古代にも、稲の種もみを利用した貸し借りが存在していました。

現代のローン会社の仕事にあたる「金貸し」という職業の源流は、貨幣が流通する以前の稲作が行われていた弥生時代にはすでに存在していて、金銭の貸し借りができなかった弥生時代から飛鳥時代には、その年の最初に収穫される米「初穂」を貸し出したり、秋の収穫が終わると、借りた種もみに利息分をつけて返すという習慣ができています。

大化の改新後には、政府が貯蔵する稲を貸し与え、秋の収穫のとき5割あるいは3割の利息をつけて返納させた「出挙」という貸し出し制度を行なっています。

政府が種もみを農民に貸し付けたのは、秋の収穫を管理下に置くことで税の徴収を確実にし、社会保障的な意図もみえ、奈良時代になると強制的な貸付けを行なっています。

奈良時代にあった公的な出挙と私的な出挙

飛鳥時代に原形ができた政府による「初穂」の貸し出しによる出挙というローン制度は、奈良時代になると強制的な貸付けが行われ、一種の雑税となります。

また、奈良時代には「和同開珎」が鋳造されて貨幣が流通しすると、寺院や官僚が銭を私的に貸し付ける「出挙」も登場し、私的な営利が目的とされ、10割に及ぶ利息が課されています。

奈良時代に行われていた利子付きで、貸し借りをする「出挙」は当初、お米で取り引きされていましたが、次第に、布や酒、金銭などすべての財物を利用して行われ、現代のローン会社にあたる金貸業が芽生えています。

「出挙」という言葉は、大宝律令が奈良時代に改定された「養老律令」に登場していますが、日本書紀の記述などからも、前述のように飛鳥時代には広まっていたと考えられます。

貨幣流通によって増加した奈良時代のローン

持ち合わせが無いお金を借りて、ある一定期間かけて返済するローンの制度の原形は、飛鳥時代にはじまった政府による「出挙」から、奈良時代に付け加わった私的な「出挙」というローンの制度にみられます。

「出挙」には、政府が行うものと一部の寺院や官僚が私的な営利のために行うものの二種類があり、私的な「出挙」では10割もの金利が課せられています。

いつの時代でも、生活者が必要なお金や資金を調達するために、借りて返すという手法は、貨幣が流通する以前の古代日本から現代まで続いています。

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